
これからオレはAIに乗っ取られるねん。。。

いや、あんた地蔵な。しかも紙コップ!(笑)
「これから変わるこどもの環境①」でもお話したように、世界情勢の不安やAIの台頭。今までの記憶型の詰め込み教育ではAIに敵いませんし、想定外の問題には対応できません。 本来ある人間の力をもう一度考えてみる必要があります。

人間らしい、人間の力ってなんだろう?
人間はAIでもコンピューターでもロボットでもありません。今まで「こうあらねば」「これが完璧」というものを求めすぎたせいで、人間らしい営みや生き方のようなものをどこかに置き去りにしてしまったようにも思います。でもその求め続けた「完璧」は、いとも簡単にAIに奪われるものとなりました。もう一度、人間ってどういう事を幸せって思うんだっけ?どうすれば幸せと思える生活を送れるんだっけ?と立ち直って考えてみることが大切なのではないでしょうか?

記憶ではなく、なぜそうなるのかを考察する力
自分で問題を見つけ出し、原因を探り、解決策を考える力です。 例えば「いつどこで戦争が起こった」という記憶知識ではなく、なぜ起こったのか、どうすれば防げたか、それをどう未来に活かすか、という考察力です。
話し合う力、解決策を探る力
周囲の人の意見を聞く力、意見を言う力、双方の意見の共通点や相違点を整理して、お互いが納得できる答えを見つけられる力。その際、多数決で少数派を切り捨てるのではなく皆が納得できる答えを探れる力。
想定外の問題が起こってもどうにかやり過ごせる力
これから先、本当に何が起こるかわからない時代です。そんな世の中において、その問題を解決できないまでも、その変化を受け入れながら(受け流しながら)も生きていく力も必要です。
自分や相手を大切にできる力
国籍・文化・価値観・性別・障がいなどの違いにかかわらず多種多様な人間同士が共に生きる世の中において、それぞれの違いや力を理解して協力できる関係を築ける力。それは、「仲良くしましょう」という表面上のスローガンではなく、誰かが我慢するという構造でもなく、お互いがハッピーになれる解決策を探れる力です。
それぞれの興味や楽しみ、幸せを探して実現できる力
今までの「こうあらねば」「これをしてはダメ」という教育の中で押しつぶされてきた子ども達本来の可能性はたくさんあります。誰かが決めた理想像ではなく、彼らが彼ら自身の人生を送るための力。その力は本来子どもが持っているものなので、大人が奪わないようにしなければなりません。
上げればきりがありませんが、とりあえずこの辺で。
もちろん、これらの力を完ぺきにつけている人間が「良い人間」、その力がない人間は「できない人間」と言いたいわけではありません。それでは今までの一斉教育と同じです。人間それぞれの力には限界がある、偏りがある、できること、できないこと、そんな中でうまくやっていく力。それは、人間本来持っている力だと思うのです。

人それぞれの特性はもちろんだけど、その日の体調や気分、調子によっても違うよね。

否定しあうんじゃなくて、許し合える。そんな人と一緒にいたいよね。
ここにあげた力は、いわゆる非認知能力の力の一部です。非認知能力というのは学力などの数字で評価できない認知能力とは違う、人間本来の力です。これに関しては、色んな解釈があるので、深くはここでは語りません。
では、どうやって変えていく?


