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【コラム】「やらせる」「やるべき」からの解放。「完成しなくていい」という選択肢

「やらせる」「やるべき」からの解放
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もっさん
もっさん

子どもって、自分で興味を持って楽しいと思わないと、本気で向き合ってくれないんだよね。

「完成しなくていい」から見えてくる大切な事

子ども向けの工作絵画教室や赤ちゃんのちびっこ親子教室、ワークショップを始めた頃は、自分が用意した工作のネタが子ども達に興味持ってもらえなかったらどうしよう、つまらないと言われたらどうしよう、作品が完成しなかったらどうしよう、、、と色んな不安がありました。

実際に、子育て支援のつどいの広場から依頼され、赤ちゃん教室(0〜3歳の子どもと保護者を対象、参加無料の自由参加)を始めたばかりの頃。来ていた子どもが泣いてしまって、予定していた作品を全く作ることができない事がありました。お母さんも申し訳なさそうだし、残念そうで。
私自身も申し訳ないような、力不足を感じて凹みました。

足の裏アート

子どもは(特に小さい子ども)、忖度なしの正直で、自分の心に真っ直ぐに生きています。
その子ども達全員を、同じことに振り向かせるのは至難の業です。
どうしたら良いものか?と考えている時、ふと思ったのです。
別々のものを楽しもうとしている彼らの興味を、わざわざ止めてまで一つのことをやらせる必要ってあるのだろうか?と。特に0〜3歳の子どもにとって、絶対にやらないといけない事なんて、生きる為の食事や睡眠等の健康である事、あとは思いっきり楽しいと思う経験をたくさんする事くらいだろうと。もうちょっと成長した子どもでも、基本は同じだと思います。

びりびりパラパラ遊び

小さい子どもが楽しい時間に没頭できるかどうかを優先するならば、造形遊びを参加必須にする必要はないと思い、施設の中のおもちゃや絵本で遊ぶという中に「作って遊ぼう」を入れて一つの選択肢としました。子どもがそれを選んでくれたら楽しんでもらう。それで良いと思うようになりました。
幸い、つどいの広場のスタッフさんも、参加者全員に半強制的に体験してもらう必要もないと言っていただけたので、「参加者全員に作品を作ってもらわないといけない」と思わなくてよくなりました。

「必ずしも完成させなくても良い、参加も自由」というのが、子どもにも親にも負担にならず、気楽に取り組んでもらえ、とても良いのです。

つる植物を採集
まず、親(大人)は、どうしても「子どものために」、「せっかく来たのだから」、「元をとらなきゃ」、「損しないように」と思ってしまうから、子どもがどう思っていようが、「参加させなきゃ!」となってしまいます。そこを「どっちでもいいですよ」と言えることは、親の心の負担が減らせ、子どもを自由にさせてあげられます。

また、小さい子どもは、「何か作品を作り上げる」という事を目標にして行動はしません。「今楽しいかどうか」が最優先です。しかも、それを作る為の描いたり貼ったり切ったりする技術もまだまだ知りません。結局、小さい子どもを相手に「何かを作る」事を目標にしてしまうと、親が子どもの手を持って、言われる通りに動かすだけ。最初の導入としては親が手を動かしてあげることもあるのですが、全部を親がやってしまうと、子どもはやらされてるだけで、結局は大人の自己満足になってしまうのです。

手のひら桜
「参加自由、完成させなくてもよい」という事が、子ども自身のそれぞれの興味を思う存分楽しむ時間を守ってくれるのです。おもちゃで遊ぶのか造形遊びをするのかも自由。造形遊びの中で、ペン一つをとっても、ペンで描く事に興味を持つのか、ペンの蓋の開け閉めに興味を持つのか、カラフルなペンをおままごとのお皿に入れて色を楽しむのか、それも自由。

それは、もう少し成長した幼稚園、小学校の子どもたちも同じです。使える道具や想像力は成長とともに増えますが、「完成しないといけない=やらされてやる」と「自ら興味を持って楽しんでやる」とは全く違います。

自分の興味と向き合うからこそ、たくさんの学びに繋がる。

じっくりと自分の好きな事に没頭する子どもを見ていると、とても研究熱心で、たくさんの事を学びとっている事に気が付きます。

例えば、何色もあるカラーペンを片っ端から蓋を取っている子どもがいました。大人にとっては、ペンの蓋を開ける事の何が面白いのか、インクが乾いてしまうからすぐに蓋を閉めて欲しいと思ってしまいますが。
彼らは、初めて体験する「蓋を開ける」という動作を遊びながら研究しているのです。次々に色んな事を試している彼らを見ていると、その行為を「遊び」と呼ぶのが申し訳ないくらい熱心な研究家に見えてきます。

どうやったら開けやすいのか、どうやったら面白いのか、蓋を開けたら違う色が出てくる面白さ、周囲の大人の反応、全部蓋を開けた時に見えるカラフルな色の達成感、、、色んな事を感じ取って学んでいきます。

「やらせる」「やるべき」からの解放

それは、大人から見たら他愛もない小さい発見に見えるかもしれませんが、その子にとっては、人から言われずとも自分の興味を見つけようとする力、それを自分で研究しようとする力を成長させているのです。

楽しいことを見つけて、集中して研究して、その結果面白いことを見つける。
子どもは、遊びの中でそれをずっと繰り返して成長します。
その経験があるから、「好きなことを見つけるって面白い」「好きなことを集中して研究するって面白い」と理解していきます。

紙粘土
それを「描く時以外、ペンの蓋は取ってはダメ」と言って、子どもの興味をなくしてしまったら、それで終わりです。大人にとって常識外れの事を注意しないことは、我慢のいる事ですし、限度はあるとは思います。ですが、そんなふうに子どもの興味を終わらせてしまう大人の言動はとても多い。そして大人は、大人が良いと思う環境を保つことを優先するあまり、子どもの興味やそこからの経験・学びを枯らしてしまった事に気がつきません。

「やらせる」「やるべき」からの解放
大人だって興味のないことに集中できないし、深く知ろうとは思わないでしょう。
そして、子どもの頃に、「興味を持ったことを突き詰めたら面白かった」という経験がなければ、成長してもやはり、集中する意味、自分の興味を突き詰める楽しさはわからないままです。
今の若者に、何をすればいいかわからない、どうやればいいかわからない、答えが欲しい等という指示待ちが増えたのには、もしかしたらそんなのが原因しているのではないかと思うのです。

「やらせる」「やるべき」からの解放

それでも季節の制作やテーマに合わせた制作が必要なら

言い方は悪いですけど、子どもの成長の事をあまりよくわからない大人が納得すれば良いのですから、見栄えだけそこに合わせると言う方法を私はとっています。
小さい子どものは制作中に「何を作ろう」なんて思ってないので、作っている間は子ども達に十分な探究を楽しんでもらって、最終的に大人が求めている何かしらにに見える形にすれば良いと思ってます(笑)。

はじめてのこいのぼり作り!というか、こいのぼりにしちゃう(笑)。
お絵かきしたりシールを貼ったり自由に遊んで、最後に目を付けて「こいのぼり」というちょっと無理やりな(笑)造形です。

子どもの日なら鯉のぼりの形に切った画用紙を用意して、その上に「ご自由にどうぞ」です。

「やらせる」「やるべき」からの解放

Instagram

蝶々を作った時は、色画用紙に「ご自由にどうぞ」。蝶々の形に切れなくなってしまったので「四角い蝶々」と言い張りました笑。

これをここに貼って、この形で、この色で、、なんてしてるよりも楽しんでくれるし、面白いものが出来上がります。

そして、一番大事なのが「こうあるべき」と考えがちな大人の頭を「これで良し!」と思わせること(笑)。
自信を持って、「自由にやった作品の方が素敵!良い経験となった!」と言えること、伝えられることです。
嘘をつく必要はありません。間違いなく、試行錯誤や楽しい気持ちがたくさん入ってできた作品は、最高に素敵なのだから。

子どもの行動や作品に込められた意味を読み取る大切さについて書いてます↓

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こどもの遊びの中からの学びを大人に理解してもらわなければ、子どもの大切な経験とそれに使う時間がどんどん削られてしまう。今、子どものそういった自由に遊べる場所・時間がどんどん削られていっています。どうにか大人に理解してもらいないか、可視化できないものかと考えて、文章を書くようになりました。